24時間テレビも終わり、ひと夏が終わりましたね。

TOKIOのリーダー 『城島 茂さん』

とうとう、101㎞を見事に時間内で完走でしたね!

あらためて感動しました。

思いがあればできるんですね!

たくさんの勇気と元気をもらいました。



私もあらためて、頑張りたいと思います。
 2014_08_31



私の退院まであと4日。ちゃくちゃくと近づいてます。

歩行や体幹筋力トレーニング・ストレッチに加えて、新たに自宅生活に必要なリハビリも少しづつ始まりました。

まずは、絵心のある私の手描き我が家の見取り図一枚。

どんなところに、訓練が必要か相談。

そして訓練開始。

<入浴訓練>
今まで、股関節の状態と浴室の作りや広さの関係で、5/20以降はシャワーのみで浴槽に1度もつかっていません。

今後はシャワーだけの生活からお別れし『浴槽に浸かりたい!』と担当の理学療法士"Yらっち"に話したところ、病室の空風呂で入浴訓練をすることになりました。

けれど、やはり病室のユニットバスは空風呂は狭く完全に座り込んだら、手すりをつかんでも足で全く踏ん張ることができず立ち上がれませんでした。

Yらっちと相談して、家に帰ったら滑り止めマットと手すり、浴槽椅子を使って入浴することになりました。

立ち座りに関しては、和室が主の我が家では基本同じ要領でということになりましたが、浴槽では湯の浮力も手伝うので、少しは楽に立ち上がれるだろうとのこと。

椅子以外に座る手段として、足を伸ばすこと以外にできない私が立ち上がるためには、支えになるつかまりものと、上半身の捻りの動きがないと立ち上がれないというのが共通点。

浴槽では、浴槽の縁をつかみ上半身を捻って、まずは横向きになりながら膝立ちになり立ち上がる。

和室では上半身を捻り四つん這いになってテーブルなどを支えにして立ち上がる。

簡単そうですが難しいです。

<階段訓練>

2階建ての我が家で私の部屋は2階。
階段を登る必要があります。

急な階段である上に、手すりも滑り止めもありません。

やはり一番の問題。

病院の階段で昇降訓練が始まりました。

病院の階段は親切な手すり付き。

まずは、手すりを握り一段に両足揃えながら昇降訓練。登りは割りと問題なくスムーズにできますが、下りは落ちそうで怖いですね。それでも、手すりがあるからまだ大丈夫!

次に、手すりを握り一段に片足づつ交互に昇降訓練。登りもかなり、身体が左右に揺れてバランス崩さないか怖いし、下りは足で降りるというより、手すりにぶら下がって降りているような感じでメチャ怖いです。

手すりがあっても、この状態なのに我が家はありません。

お試しに手放しで、両足揃えながらの昇降をやってみましたが、登りはボチボチ、下りは抱きかかえられ状態で危険すぎるため即効除外。

そして、我が家に帰ったら手すりの変わりに、ロフストランド杖を1本左腕に持ち、両足揃えながら昇降するという方法を薦められました。

これまた、やってみたけど杖が不安定なだけに難しい。しかし、手すりがない以上仕方ないかな。

<坂道・砂利道訓練>

結構、アスファルトとも砂利道も抵抗感なく歩けてます。

ただ、足裏の感触が全くわからない。なので、膝や腰がかばいはじめて疼きます。

やはり、平道は右足の踏み込みと蹴りができなくて、手まで振ると意識し過ぎてふくらはぎがパンパンにはって、おしりもカチコチ。

坂道はアスファルトなら登りは踏み込みが弱いといわれるけど、これまた下りになるとアスファルトだろうが砂利道だろうが、足首が使いこなせずメチャ怖いです。

しかも、砂利道でこけたら最悪ですよね!

バランスのために靴の中敷きにYらっちが何やら三角形切り貼りしてましたが、ほんのチョットだけの差だけど、なんとなく歩きやすい。

そん感じで、自宅復帰のための訓練してますが、日にちばかりが過ぎて一苦労してます。


 2014_08_31


愛しすぎる…

Category: 付録  

専門学校時代の同期生Tが、もと光GENJIの『佐藤敦啓さん』の大ファンです!

デビュー当時からなので、何年もののファンになるでしょうか。

そんなTが今日、東京までbirthdayパーティーに行ってきて、よっぽど嬉しかったのでしょう、大興奮でしてきました。

本来なら、私も今日は東京で夜を過ごしていたはずなんです。

明日、8/31(日)に青山劇場で公演される『ガラスの仮面』を友人のSと見に行く予定だったから。


これが、そのチケット


千秋楽!




悲しいことに私は今、東京のホテルではなく、Yリハビリ病院のベッドの中。

東京にはSだけで行ってもらいました。

私の大好きな『小西遼生さん』が『紫色のバラの人(速水真澄 役)』で出演されるんです♪♪♪

超!イケメン

公演前日の真夜中になっても、あきらめきれないよぉ…。







 2014_08_30



術後3週目頃の私は、2つの体重計に苦戦しながら無意識でも平等に荷重する練習や、平行棒の前に置いた鏡を見ながら身体の傾きを真っ直ぐになおして立つ練習など、とにかく毎日バランスをとる訓練に明け暮れていました。

そんなある日の夜に見た夢…

場所のイメージとしては、動物園のライオンや虎がいるような場所。

そして、皆さんご存知の『ジェンガ』!

マンションの4階くらいの高さの
超!巨大ジェンガ!

何故か、その巨大ジェンガの上に立って、両親と私と3人でユラユラしながらバランスとってるんです。

そして、柵から解き放たれた動物…

それは、 当時リハビリを担当してくれていた、W病院の理学療法士『Yッシー』!

見た時は、まさに目がテンでしたね!

巨大ジェンガの上で、Yッシーの出現に驚いて、動揺した私は何度も落ちそうになりましたが、それを年老いた両親がユラユラしながらも、私の手をとって助けてくれました。

夢の中までリハビリするなんて我ながら、超!ビックリ!

ホント、何気に必死だったんでしょうね!

そして、自分でも気づかないうちに焦っていたんでしょうね!

目が覚めても、相手が誰なのかちゃんと覚えてるくらい、当時はリアルな夢ばかり。

けれどこの夢は、私なりに両親の今の思いをちゃんと感じていたんでしょうね。

私のために、夢の中でまでリハビリしてくれたYッシーと、私を手を伸ばして引き上げ続けてくれた両親のためにも、1日も早く元気に歩きたいですね♪



 2014_08_30





24時間テレビが始まりましたね♪♪♪

今回の24時間マラソンは『TOKIO』のリーダーこと『城島 茂さん』がランナーですね♪♪♪

走れない今の私にとっては、武道館まで完走してくれることが一番の望みです!

頑張って完走してもらいたいです。

今夜はリーダーと一緒にキモチだけでも走りたいと思います。

ガンバレ!リーダー!

そして、色んなことにチャレンジする皆さんに勇気をもらって、明日こそきちんと歩けたらいいな♪♪♪

キセキの神様♪

私もはしりたいです♪♪♪



 2014_08_30



今夜も、痛みの神様降臨中!

大親友の『ロキソニンテープ100㎎』を貼りまくり、ベッドイン!

痛み止めは飲んでるし、後はお祈りを…

『チチンプイプイ 痛いの痛いのとんでいけ‼』

こんな、むなしい祈りも神様には聞こえてるのかな?

W病院の緩和ケア科のT先生。

床下に膝間付き、患者の手を取って診察されるような物腰の柔らかい先生。

年齢は若いけど、飾り気がなく物静かでやさしい先生。

患者通称『皇族』もしくは『お公家さん』

こう呼ばれるからには、もちろん言葉使いも丁寧で、敬語を越えて献上語に近い。

そんなT先生の処方薬は効き目バツグン。

患者間では『Tマジック!』と呼ばれるほど。

もともとは、術場にも麻酔科医として入ってあったようですが、今は痛みで苦しんでいる患者の見方です。

術後やターミナル期などの患者を朝早くから夜遅くまでケアしてあります。

とにかく、少なくても1日3~4回ターミナル期の患者なら30分~1時間おきに患者のところをグルグル廻って変わりがないか顔を見せてくださいます。

調子がいい時には気の毒なほど。

T先生は、すごく身長が高くスラッとしてあるのですが、けして患者の目線より高い位置から話をされることはありません。

私が北九州から帰って来るときも、両親には『大事な娘さんを診させて頂いてありがとうございました。夏バテされないようにお身体大事にされてください。』と言ってくださいました。

謙虚な姿とはT先生のような方を言うのではないでしょうか。

ここまで、下って話を聞いて診察してくださる先生は初めてです。

私も一人の人として見習わなければなりません。

T先生のそんな姿が、患者の心を癒し痛みの緩和につながっているのだと思います。


 2014_08_30





これは、私のいる病室にある1枚の絵。

実は、病院の待遇で個室に入ってます。

ユニットバス トイレ 洗面台 冷蔵庫 エアコン テレビ(無料) 付き。

部屋の電気の明るさは、白色系と暖色系の二通りから調整できます。

私は暖色を使ってます。

なんか、暖色のやさしい暖かい感じの色合いがすごく癒されるので、私は自宅の部屋も暖色系にしています。

そんな部屋に飾ってある、なんの絵かわからない1枚の絵。

そんな絵でも、殺風景な部屋にこの絵があるだけで随分雰囲気は違います。

ちなみに、昨日引っ越してきたチャパオがいる部屋も個室で、同じ作りの部屋ですが、絵と冷蔵庫はありません。

以前、うちの父がその部屋に入ってたのですが、絵があるのとないのでは部屋の明るさが全く違います。

電気では表せない明るさです。

個室は人目を気にせずにゆっくり自由にできるという利点もありますが、大部屋とは違い話し相手もなく淋しい一面もあります。

みなさんからは贅沢と言われるかもしれませんが、看護師さんもチョコチョコ来るわけではないので、部屋にいる限り話し相手がいません。

確かに大部屋はみんなが仲が良ければいいけれど、そうでなければ辛いですよね。

カーテンなんかで仕切られたりすれば、窓明かりや景色も遮断されたりで、雰囲気は変わるし一概には言えませんね。

北九州のW病院にいた時は、大抵の部屋がカーテンで仕切られていましたが、私のいた部屋はみんな仲が良くて、夜眠る時以外はオープンに。

先生や看護師さん達も『この部屋は明るくていいね! なんか、めったにない雰囲気!』と言ってました。

今どきの人は『個室育ち』というのもきっとあるのでしょうが、みなさんは、個室と大部屋どちらを選びますか?



 2014_08_29



手術を受けて治ったはずの右足…。

経過も順調、リハビリも順調…。

だけど、両足できちんと歩けません。

いつも、私の右足は振りだす時に膝が伸びて、蹴りの時に膝が折れてたり、踵が早く浮いたり。

顔は上げて歩けないし、手を振れば手と足が一緒にでる。

以前は、右荷重を増やすとバランス崩して立てなかった足。

今は荷重も随分できてフラツキも減ったのに、なんで両足で歩けないのかなぁ~。

担当理学療法士の"Yらっち"や一般病棟を担当している理学療法士達も
、みんな一生懸命に教えてくれるのに、私は自分の歩く感覚が全くわからないんです。

同じこと毎日毎日言われてるのに、どんなに意識して歩いてもちゃんと歩けないんです。

だから、今まだロフストランド杖2本。

右足が悪いと言ってる訳じゃありません。

ちゃんとした両足があるのに、きちんと歩けないのが悔しいんです。

こんなんで、もとの生活に戻れるのか正直、不安でたまりません。

後どれくらいしたら、言われたとおりにきちんと歩けるようになるのか…

手術していったんは『好き』になった足も、今では宝のモチグサレのようで『好き』とは言えません。

いろいろな事情で、足に障害を持った方はたくさんいらっしゃいますが、運よく手術していただいて、経過もよくて歩けるはずなのに歩けない…

ちゃんとした自分の足を使いこなせない私は人間失格ですね。

みんなが普通にできることを、できない悔しさ。

なんで、思うように動いてくれないのか…

一度、あんよに聞いてみたいものです。




 2014_08_29



隣の部屋の股関節おじさんが、めでたく本日退院!

おめでとう♪♪♪ おじさん!

そして、新しく隣の部屋に来たのは、リハビリ室でよく見かける茶髪の膝男。

年齢は40後半くらいかな?

左膝に装具つけてるから、靭帯とか?

まぁ、最近になって挨拶する程度なので詳しくは不明。

以前は、よくタバコ組のおじさんとつるんでて、リハビリもソコソコしかやってなかったみたいだけど、何故か最近は自主トレなんかも始めてハリキッてる様子。

『よー頑張りよるですね!』と何度か声かけられて『えぇ』ぐらいの返事しかしたことなかったけど、お隣さんともなれば別!

会話はなくても『モニタリング開始♪』

まぁ、分類的には、茶髪男も若手の方なんで、懸垂とか自分で準備してチョイとカッコつけてやってるけど、3回できればいい方かな?

そして、10回もしないうちにお片付け。

やっぱ、40代はもうちょっと頑張ってほしいかなぁ~。

チョコチョコ移動しつつリハビリしてるみたいやけど、実際に項目は3つか4つしかしてるとこを見たことがない。

そして、今日の夕方部屋の前でバッタリ!

『お部屋変わられたんですね。』

『はい! お隣さんなんで、ヨロシクお願いしときます!』

『ヨロシクお願いします。』

みたいな会話。

そして、ご存知の通り、このYリハビリ病院の壁は筒抜け状態なんですが、消灯までは静かだったのに電気が消えたら何やら、23時頃から5~10分おきにゴソゴソと何度も部屋を出入りする音が!

トイレなら1回でいいでしょ?

なんだ?

夜行性の徘徊男だったりして!

まだ、今のとこはイビキは聞こえずヨシヨシ♪

明日もモニタリング継続♪

だけど、タイプでないのがちょっと残念。



 2014_08_28



北九州 若松にあるY病院。

先日、このY病院の入院中ののことを書きましたよね。

今日は、まさに今日『傷病手当』のことでプチ切れしたのでお話したいと思います。

簡単に言うと、このY病院、対応の悪さと医療・看護の質の低さが理由で、6日間で逃げ帰ってきた病院です。

7/1 傷病手当申請書ができたら郵送してもらうよう依頼しY病院を午前中に退院。

その足で手術を受けたW病院の整形外科N先生と緩和ケア科T先生を受診し、診療情報提供書と薬を頂いてやっと夕方に北九州を脱出しました。

地元のYリハビリ病院へは、帰りつくのが遅くなるため、電話で連絡し7/2の朝一番に情報提供書を持って相談に行きました。

今までの北九州での内容をすべてはなし、全く歩けない状況とW病院の先生方の書いてくださった診療情報提供書をみて入院させて頂けることになりました。

当日は、相談だったので『ベッド調整をして連絡します』と言われ、いったん自宅に戻りました。

7/2の昼過ぎにYリハビリ病院より連絡があり、7/4 に入院。

そして、退院もそろそろ近くなったので『傷病手当申請書』を受付にお願いに行ったところ、Yリハビリ病院では、7/4から入院なので、7/4からの分は書けるけど、7/2は相談で診察ではないし、7/2と7/3の分は書けないとのこと。

Y病院から郵送されてきた傷病手当申請書には6/26~7/1の入院した6日間だけの記載。

2日間の空白が…

『でも、つながってないと困りますよね?』

『そうですね…』

すると、Yリハビリ病院の主任事務員さんが、親切にYリハビリ病院本部で実際に傷病手当申請書などを処理されている専門の事務員さんに相談してくれました。

その結果『7/2 7/3 の自宅にいた2日間がきれてしまうので、退院後の自宅療養の意味で以前に入院されていた病院に就労不能だったことを証明してもらった方がいいですよ。 日にちを延長するだけだから、理由を言って再発行を頼めばできるはずです。別に入院してなくても就労できない人はいますし、その場合の証明しますからね。』とアトバイスしてくれました。

私が不安そうにしていたら『個人情報の関係があるので、電話してあげることはできませんが、こんな風に話てみてください。』と話す要点をメモに書いてくれました。そして、電話してる間もそばについていてくれました。

そして、Y病院に電話。

『通常、入院してる間の証明しかできませんね。』

『こんなに言っては何ですけど、良くなってY病院を退院してないじゃないですか。病院だって紹介してもらった訳じゃないし、自分で相談して探さなければいけなかった訳ですよね?』

『証明は医師が状態を見て書くものですから、見てないのに書くことはできませんよね。』

あまりの怠慢の強気に切れました‼

『だけど、リハビリ目的で来てるのに、誤差内の数値で肝臓を治療しようとしたわけですよね?そして痛み止めを切ってから歩けなくなったんだから、先生は歩けないのは知ってあるはずですよね? それに、必ず入院してなくても就労できない場合は証明できるはずですよね?それでも書けない理由って何ですか?』

『退院された後に、患者様達がどうされているかまでは、把握してませんから。』

要するに、退院したら患者が入院しようと自宅にいようと、もう自分の病院の患者でないから状態がどうであれ関係ないと言うこと。

『わかりました!もう結構です‼』

とにかく、こんな感じですべてが無責任なんです。

例えば退院時なんかは『退院証明書』が普通の病院であれば発行されますよね。

Yリハビリ病院の主任事務の方の話によると、これは、次の病院に受診したり入院したりする時に必要になるものらしく、
発行すべきものであり、また発行しないといけないらしいんです。

言われてみれば、今までの入院経験でも確かにもらって来ました。

Y病院に入院する直前までいた、W病院でも確かにもらいました。

なのに、このY病院

『転院の時だけで退院する場合は発行する必要がないので…。』

『…??』

退院証明書ですよね? 退院の時に発行しないんですか? 次の病院にかかるときにいりますよね?書いてもらわないと、どーせ歩けないから病院にいかないといけないし、入院になったら困りますので!』

とにかく、手のつけようがないんです。

中はこんな病院もあります。

どこも似たようなものともいいますが、度が過ぎると言うか…

正直、もう二度と勘弁かな。

ちなみに、このあとW病院に電話をして、Y病院が書かないと言ってることを担当の方に話ました。

すると、『もちろん主治医に相談はしないといけないけど、ちゃんと7/1にも受診されてるので大丈夫ですよ。』とアッサリ引き受けてくれました。

『よければ、Y病院に入院した6/26~7/3までで書いて頂けると助かるのですが。』

『わかりました。そしたら、私○○宛に書類を郵送してもらえますか?』

『はい。ありがとうごさいます!』

と数分で解決!

多分、Y病院の異様さが分かっていただけたでしょうか。

W病院とY病院タクシーワンメーターの距離。

なんで、こんなに違うものかと驚かされるばかりです。

しかし、この2つの病院が手をくんでいるのが不思議。

W病院が受け皿になる病院がほしいのはわかりますが、もう少し選んだ方がいいと思いますよね。

そうしないと、せっかくW病院が手術しても無駄になりますよね。

まぁ、怒り奮闘でしたが勉強になりました。

単純に『PRIDE』を持って仕事しようと思っただけですが。

PRIDEって大事ですよね?


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邪花

Author:邪花
リッチに生きるのが好きな貧乏娘です。
一度の人生、ついつい若いふりして生きてます。

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